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はやく真人間になりたいよぅ(仮)

ゆるミニマリストの元ヒキニートが真人間になるためのブログ@oekakids

すべての終わりが告げられても…「ああ そうか」と思うだけだ

毎日更新するのをやめると宣言しておきながら,翌日さっそく更新してしまっている。

 

思いついたことを,何の気兼ねなく,気楽に書き綴っていこうと思っています。

 

無理をして誰かに好かれても,やっぱり,それは全然嬉しくないから。

 

最近,オイラは全く思わなくなったのだけれども,思春期のころとか,『「絶対的な真・善・美」とは何ぞや?』なんて考えたりしませんでしたか?

 

「この世界の理を知りたい」

 

オイラはそんなことを思っていたりしました。

 

でも,やがて,「絶対的な何か」なんて,ないんぢゃないのか…なんて思いに至りました。

 

仮に「絶対的な何か」があったとしても,多分,人間ごときがそれを認知することはできないんぢゃないのかなぁ…なんて思います。

 

そこで,「人は虚無に陥るのか」,「絶対的な何かを求めるのをやめ,実生活において何らかの意味を見出そうとするのか」,まぁ,人それぞれだと思います。

 

別に,どちらでもいいとは思います。

 

一般的には後者のほうが建設的なような気がします。

 

基本的に,人は意味なく生きてはいけないですから。

 

オイラは虚無に陥りましたw。

 

でも,まぁ,生きる意味はないのかもしれないけれども,せっかく生れてきたのだし(生れてこないことの方が幸せだったと思ったりもするけれども),どうせなら,何だかんだあったけれども,生まれてきてよかったと思いながら死んでいきたいなぁ…。

 

そう思い直したりもしました。

 

と,同時に,『寄生獣』の田村玲子の台詞も思い出されます。

 

「1つの疑問が解けるとまた次の…疑問がわいてくる…始まりを求め…終わりを求め…考えながらずっと…歩いていた」
 
「どこへ行っても同じかもしれない…歩くのをやめてみるならそれもいい…」
 
「すべての終わりが告げられても…「ああ そうか」と思うだけだ」
 

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生れてきてよかったと思いながら死んでいきたいと思い直しつつも,そう思えず死んでしまったとしても,「ああ そうか」と思うだけかもしれない…なんて思ったりもします。

 

でも,それって不幸せなことですか?

 

 

それぢゃね!