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はやく真人間になりたいよぅ(仮)

ゆるミニマリストの元ヒキニートが真人間になるためのブログ@oekakids

大衆の喝采は物事の正しさの証明にはならない。一人の正しく見る目があれば十分なのだ。

わたしにとっては一人が大衆であり、大衆とは一人である。

――デモクリトス

わたしには少数者で十分だ。一人で十分だ。誰もいなくても十分だ。

――無名氏

わたしはこれを多数者のために書くのではない、一人のために書くのだ。

なぜなら我々二人は、一人がもう一人にとってすでに十分な数の大衆だから。

――エピクロス

これらを、ルキリウス君、君の胸にしまっておきたまえ。

君が大衆の賛同から生じる満足感を軽蔑できるように。

「手紙」7-10・11

大衆の喝采は物事の正しさの証明にはならない。

正とか善とか美という問題については、数の多少は判定者にならない。

一人の正しく見る目があれば十分なのだ。(p90)

 

『ローマの哲人 セネカの言葉』

中野孝次岩波書店,2003)