はやく真人間になりたいよぅ(仮)

ゆるミニマリストの元ヒキニートが真人間になるためのブログ@oekakids

もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さんがためなり。

ここに六十の露消えがたに及びて、さらに、末葉の宿りを結べる事あり。

いはば旅人の一夜の宿を作り、老いたる蚕の繭をい営むがごとし。

これを、中ごろの栖に並ぶれば、また、百分が一に及ばず。

とかくいふほどに、齢は歳々にたかく、栖は折々に狭し。

その家の有様、世の常にも似ず。

広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。

所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めて作らず。

土居を組み、うちおほひを葺きて、継目ごとにかけがねを掛けたり。

もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さんがためなり。

その、改め造る事、いくばくの煩ひかある。

積むところ、わづかに二両、車の力を報ふほかには、さらに他の用途いらず。

 

[訳]

そして今ここに、六十の露命も消えようとする時に及んで、わたしはさらに露の身を託する末の宿を作ることになった。

いわば、旅人が一夜過ごすために宿を作り、老いた蚕が最後の繭を営むようなものだ。

この宿を中年に作った家屋とくらべると、これまた前の百分の一にも及ばない。

あれやこれやしているうちに、いつか年齢ばかり年々に高く、住居は移るごとに狭くなったわけだ。

しかもこの家の様子は、世間一般のそれに似ても似つかない。

広さはわずか一丈四方、高さ七尺足らずである。

どこに住むと思い定めて住みたいわけではないから、宅地を買ってそこに立てるということもしなかった。

建物も土台を組み、簡単な屋根を葺き、桁・柱の継目はかけがねでつないだだけの家だ。

もし、そこで何か心にかなわぬ事が起ったら、簡単によそへ移せるようそのように作った。

これなら家を移し、作りかえるとしても、どれほどの費用がかかろう。

車に積めば二両で足りる。

その労賃のほか、他に何一つ費用はかからないのである。(p104-106)

 

『すらすら読める方丈記

中野孝次講談社,2012)