ここに六十の露消えがたに及びて、さらに、末葉の宿りを結べる事あり。
いはば旅人の一夜の宿を作り、老いたる蚕の繭をい営むがごとし。
これを、中ごろの栖に並ぶれば、また、百分が一に及ばず。
とかくいふほどに、齢は歳々にたかく、栖は折々に狭し。
その家の有様、世の常にも似ず。
広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。
所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めて作らず。
土居を組み、うちおほひを葺きて、継目ごとにかけがねを掛けたり。
もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さんがためなり。
その、改め造る事、いくばくの煩ひかある。
積むところ、わづかに二両、車の力を報ふほかには、さらに他の用途いらず。
[訳]
そして今ここに、六十の露命も消えようとする時に及んで、わたしはさらに露の身を託する末の宿を作ることになった。
いわば、旅人が一夜過ごすために宿を作り、老いた蚕が最後の繭を営むようなものだ。
この宿を中年に作った家屋とくらべると、これまた前の百分の一にも及ばない。
あれやこれやしているうちに、いつか年齢ばかり年々に高く、住居は移るごとに狭くなったわけだ。
しかもこの家の様子は、世間一般のそれに似ても似つかない。
広さはわずか一丈四方、高さ七尺足らずである。
どこに住むと思い定めて住みたいわけではないから、宅地を買ってそこに立てるということもしなかった。
建物も土台を組み、簡単な屋根を葺き、桁・柱の継目はかけがねでつないだだけの家だ。
もし、そこで何か心にかなわぬ事が起ったら、簡単によそへ移せるようそのように作った。
これなら家を移し、作りかえるとしても、どれほどの費用がかかろう。
車に積めば二両で足りる。
その労賃のほか、他に何一つ費用はかからないのである。(p104-106)
『すらすら読める方丈記』