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はやく真人間になりたいよぅ(仮)

ゆるミニマリストの元ヒキニートが真人間になるためのブログ@oekakids

『現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇』(大田俊寛,筑摩書,2013)

『現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇』(大田俊寛,筑摩書,2013)を読みますた。

 

現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)

現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)

 

 

 面白かったでつYO!

 

宗教に基づく旧来の世界観や倫理観が空洞化したこと、また、社会が過度に複雑化し流動化したことによって、人々はしばしば、自己のアイデンティティの基盤を見失うことになったのである。社会学者のマックス・ウェーバーは、『職業としての学問』(一九一九年)という著作において次のように述懐している。現代の文明は「無限の進歩」を前提としているため、現代人は必然的に、進歩の過程の途中で死を迎えざるをえない。ゆえに、彼にとって自己の生は、常に不満足で無意味なものに映ってしまう、と。言わば現代人は、無限に続く物質的な進化の歩みのなかで、自らの「魂」の所在を見失ってしまうのである。

 

このような状況に置かれた現代人にとって、霊性進化論の発想は、ほとんど唯一の福音とも思われるほどに、優れて魅惑的に響く。肉体が潰えた後も霊魂が存続し、輪廻転生を繰り返しながら永遠に成長を続けることによって、人間は世界の進化と歩みをともにすることができると考えられるからである。

 

(中略)

 

人間を単なる物質的存在と捉えるのではなく、その本質が霊的次元にあることを認識し、絶えざる反省と研鑽を通じて、自らの霊性を進化・向上させてゆくこと。それが霊性進化論の「正」の側面であるとすれば、しかしこの思考法は、その裏面に強烈な「負」の側面を隠し持っている。端的に言えば、霊性進化論は往々にして、純然たる誇大妄想の体系に帰着してしまうのである。そうした負の側面について、特に三点を指摘しておこう。

 

※全文を書いてしまうと,すげぃ長くなってしまうので,負の側面のタイトルだけ抜き出します。

 

(1)霊的エリート主義の形成

(2)被害妄想の昂進

(3)偽史の膨張

 

『現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇』

大田俊寛,筑摩書,2013)

 

オイラも一時期,スピリチュアル的なものにハマッたことがあるので,共感できます。

 

生きることの無意味さに,多くの人は堪えられないので,こゆスピリチュアルやオカルト的なものにハマってしまうのかもしれません。

 

オイラは理屈っぽい性格ゆえに,完全にハマりきることはできませんでしたwww。

 

ちなみに,オイラは生きることに意味を見出していません。

かと言って,「生きるとはなんぞや?」と右往左往もしていません。

 

「まぁ,そんなものなんぢゃね?」と開き直っています。

 

一般論としては,何かしらの意味や目的があったほうが生きやすいかもしれません。

 

でも,思い込みって怖いです。

 

山本七平が『空気の研究』で,盛り上がった雰囲気を元に戻す「水を差す」ことの大切さを説いていました。

 

理屈で「水を差す」と相手方が激高してしまいます。

 

そこで有用なのがユーモアなんぢゃね?とか思ったりします。

 

 

それぢゃね!