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はやく真人間になりたいよぅ(仮)

ゆるミニマリストの元ヒキニートが真人間になるためのブログ@oekakids

寝て待っていても,果報は舞い込んではこない!

果報は寝て待て 【読み】 かほうはねてまて 【意味】 果報は寝て待てとは、運というものは人の力ではどうにもできないものだから、あせらずに時機を待つのが良いということ。 【注釈】 (1)「果報」とは、仏語で前世での行いの結果として現世で受ける報いの…

『君に友だちはいらない』(瀧本哲史,講談社,2013)

結論 結論は下記のとおり。 「友だち」はいらない。「仲間」が必要だ。 君に友だちはいらない。必要なのは…夢を語り合うだけの「友だち」はあなたにはいらない。 あなたに今必要なのは、ともに試練を乗り越え、ひとつの目的に向かって突き進んでいく「仲間」…

地曳いく子さんのファッションに関する箴言

■実際に経験した私が断言します。 ファッションに一生ものはないのです。 ■いいものを長く使うことは悪いことではありません、でもちょっと待った。 本当に今から10年後も着られる服が欲しいの? そもそも10年後に似合う服なんてわかりますか? 大事にした結…

今際の際に残るのは思い出だけ。

「人事は棺(かん)を蓋(おお)うに至って、而(しか)る後に子女玉帛(しぎょくぎょくはく)の無益なるを知る」(『菜根譚』)ということばがある。 人間のやる事は、棺おけのふたをする時になって、子供や財宝がなんの役にもたたないことがわかるのだ。 死ん…

『人を育てるトヨタの口ぐせ』(OJTソリューションズ, 中経出版,2006)

トヨタの口ぐせ27 一週間ものが動かんかったら捨てろ (p172) 上記口ぐせは断捨離にも使える。 流石に一週間は期間が短すぎるので,期間の設定は各人の裁量でお願いします。 個人的には,一年間使わなければ,これから先,使うことは,ほぼない気はします。…

現状を打破する道はただひとつ、自分が恐れていることをやることだ。

現状を打破する道はただひとつ、自分が恐れていることをやることだ。 ―― 坂爪圭吾 参考記事: ibaya.hatenablog.com オイラもすこぶる同意する。 そして,恐怖に負けてペンティングしていると,それだけで物凄い意思力を消費してしまう。 他のことも疎かにな…

何事も納得感が大切

明日死ぬかのように生きよ。 永遠に生きるかのように学べ。 ―― マハトマ・ガンジー 「死ぬとすべて無になる」と思うと,学ぶことが虚しくなってしまいます。 仮にそうであったとしても,ガンジーの言うように,スタンスとしては永遠に生きるかのように学んだ…

自然は単に容赦なく無関心なだけだ

自然は残酷なわけではなく、単に容赦なく無関心なだけだ。 これは人間にとって最も学びにくい教えである。 わたしたちは、物事が良くも悪くもなく、残酷でも親切でもなく、ただ無感覚なだけ――すべての苦しみに無関心で、目的は何もない――ということを認められな…

なんでも実行するほうが後悔は少ない。

すべての悲しい言葉の中で、最も悲しいのは「あのとき、ああしていたら」という言葉。 ―― ジョン・グリーンリーフ・ホイッティアー 努力を傾ける、時間を作る、手紙を書く、謝る、旅にでる、プレゼントを買う。 なんでも、したほうがいい。 つかんだチャンス…

男らしい男ほど、気が小さく、デリケートで繊細なのだ。

女性のほめ言葉は男性の頭を少しばかりやわらかくするが、けなす言葉は男性の心臓をぐさりと突く。 そして心は固く閉ざされ、彼女を二度と以前のように愛せなくなる。 ―― ヘレン・ローランド 出典:『その科学が成功を決める』 (リチャード・ワイズマン,文…

山本五十六の人を動かす名言

やってみせて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。 ―― 山本五十六

何事によらず中途半端が一番いけないのだ。

「何事によらず中途半端が一番いけないのだ。 趣味に徹底的に打ち込んだ人は、やがてそれを職業にするために組織を離れていく。 その方面に才能が開けたのである。なまじ酒と女と賭け事に中途半端な面白さを覚えた人間がそれに溺れてしまうのである。 溺れるという…

そのまま受け入れることが,結果としては一番楽ちんなのだ(大雨の戒め)。

大雨の戒めということがある。 逆の途中でにわか雨にあうと、濡れては困るとばかりに、急いで軒下などに走ったりするが、濡れることには変わりない。 はじめから濡れてもかまわないと思っていれば、なんの苦になることがあろうか。 これはすべてのことに共通する心…

能々(よくよく)思へば、此の世の楽(たのしみ)には心をなぐさむるにしかず。

だがよく読めば、この「貧男、差図を好む事」の急所は、 ――能々(よくよく)思へば、此の世の楽(たのしみ)には心をなぐさむるにしかず。 この一行にあるのは明らかだ。 長明にとって最も尊いのは、現実の世での成功や、栄耀栄華といった外面的なことにある…

基準は他人にでなく、自分にある。

そして初めて、他人を意識し、他人との競争に明け暮れすることの空しさに気づく。 大事なのは自分であって、自分にとって何が必要で何が不要か、それを見定め、自分のために生きるのが当り前なのだ、と考えるようになる。 基準は他人にでなく、自分にあるの…

世にしたがへ(え)ば、身、くるし。したがは(わ)ねば、狂せるに似たり。

世にしたがへ(え)ば、身、くるし。 したがは(わ)ねば、狂せるに似たり。 『方丈記』 鴨長明

偶然(運命)が与えた幸運なぞはすぐにまた運命に取上げられる。

たしかにそのとおりで、世間の人はとかく、宝くじに当たるような外から与えられた幸運を幸福と同一視しがちなものだ。 が、すでに見て来たように、偶然(運命)が与えた幸運なぞはすぐにまた運命に取上げられるもので、断じて頼りにすべきでないとするのが、…

運命を頼まず、恨まず、十分な距離を保つべし。

わたしはこれまで一度として運命をあてにしたことはありません。 たとえ運命が友好状態を保とうとするような様子をみせた時にでも、です。 彼が最大の親切さからわたしに積み上げてくれたもの、財産や、官職や、勢力やを、わたしは、運命がわたしを興奮させ…

我々の不幸の最大の原因は、我々が他人の真似をして生き、理性によって身を処さないで、世間の慣習に従ってしているところにある。

いかに多くの物が余計な物であるかに気づくのは、それらがなくなりだした時です。 そのとき我々は、それが必要だからではなくて、それを持っていたがために使っていたにすぎないことを知る。 我々はなんと多くの物を、他人がそれをやっているという理由でや…

未来に依存する者には、現在は無意味になってしまう。

どうしたら我々はこの不安(あと人生の残りの時間がどれだけあるかという不安)から逃れることができるか? それはただ一つ、人生を未来に目標を置いて運んでゆくのでなく、ただいま自分自身に集中させることによってだ。 未来に依存する者には、現在は無意…

人の話し方を聞けば、生き方がわかる。

その人の生き方のように人はしゃべる。 人の話し方を聞けば、生き方がわかる。 「手紙」114-1 (p163) 『ローマの哲人 セネカの言葉』 (中野孝次,岩波書店,2003)

日々是好日

では徳(倫理的完成)の主なしるしは何ですか? それは、未来をあてにしないこと、自分の生きている日々を数えないことです。 というのは、徳は任意の短い時間の中で永遠の価値を実現するからです。 「手紙」92-25 ここで言われていることは、幸福な人生とは…

その行為自体が目的である行為をしたほうが,楽しいだろうし,長続きもする。

正しい行為の報酬は、それを行ったということの中にある。 「手紙」81-19 人に認められようがためとか、何らかのためにするのは本当の正しい行為ではない。 それを行ったよろこびの中にすでに全き報酬のあるのが、正しい行為だというのだ。 モンテーニュは「…

神も仏も君の外に対象としてあるのではない。すべてすでに君自身の内に備わっているのだ。

君を道徳的に善になしうるものは、すべて君の内にある。 「手紙」80-3 神だの仏だのと言うと、人はそれを外に求める。 そういう存在が自分の外に形としてあって、それをあがめるのだと思いがちだ。 が、神も仏も君の外に対象としてあるのではない、すべてす…

貧の体験のススメ

ところで僕は君の心の強さを試そうと固く決心したので、あの偉大な人々の指示に従って君にこうすすめます。 幾日か期限を切って、その間は僅かの単純な食物と、粗いごわごわの衣服とで暮らしてみて、こう自問するのです、 「これがあの怖れていたことか?」…

過ちは事物の中にでなく、僕らの心にある。

「多くの者にとって、富を得たことは苦悩の終りではなくて、その変形だった」というこのエピクロスの言葉に僕は驚きません。 過ちは事物の中にでなく、僕らの心にあるからです。 「手紙」17-11 ルキリウスが相変わらず「十分な財産を持ったら哲学に専念しよ…

大衆の気に入るものを避けよ、偶然のもたらしたものを避けよ。思いがけぬ幸運に遇ったら不信と不安を抱け。

そして僕は叫ぶ、 「大衆の気に入るものを避けよ、 偶然のもたらしたものを避けよ。 思いがけぬ幸運に遇ったら不信と不安を抱け」と。(p91) 『ローマの哲人 セネカの言葉』 (中野孝次,岩波書店,2003)

人間だけが未来のことや過去のことを思って、我と我が身を苦しめるのです。

野獣は危険が迫るのを見れば逃げだす。 危険が去ればもう何の心配もしない。 人間だけが未来のことや過去のことを思って、我と我が身を苦しめるのです。 人間の利点であるものの多くが、逆に害をなすのです。 「手紙」5-9 (p86) 『ローマの哲人 セネカの言…

所有の少ない人ではなく、渇望の多い人が、貧しいのです。

エピクロスの、 「楽しき貧しさは、美(うるわ)しき哉」 を引いて、それをセネカが自分の言葉に変えたのだが、二人の名人の合奏を聴く思いがする。 貧乏が楽しいものになったら、それはむろんもう貧乏ではない。 所有の少ない人ではなく、渇望の多い人が、…

自分に残された僅かなものに満足している人を貧しい人とは言わない。

さて、それでどういうことになりますか? 自分に残された僅かなものに満足している人を、僕は貧しい人とは思わぬのです。 「手紙」1-5 (中略) インターネットだのテレビだの電話だのケータイだの、ありとあらゆる文明の機器によって途方もない量の情報に日…

己の死を宣告されたとき,人は誓いを立てて,ほんの少しの歳月のおまけを得させてくれと神に乞う。

結局のところ、彼ら(多忙の人)がいかに僅かしか生きないかを、君は知りたいのですか? ならば、見たまえ、彼らがみなどんなに長く生きたいと願っていることか。 よぼよぼの老人が、誓いを立ててほんの少しの歳月のおまけを得させてくれと神に乞う。 自分た…

大衆の喝采は物事の正しさの証明にはならない。一人の正しく見る目があれば十分なのだ。

わたしにとっては一人が大衆であり、大衆とは一人である。 ――デモクリトス わたしには少数者で十分だ。一人で十分だ。誰もいなくても十分だ。 ――無名氏 わたしはこれを多数者のために書くのではない、一人のために書くのだ。 なぜなら我々二人は、一人がもう…

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。 [訳] 河を見ていると、水は流れ流れて絶え間ないが、それはむろん同じ水で…

「今ココニ」を全力で生きることが、人生を生きることなのだ。

そして、それにしてもわたしは彼がここでも、人の生き方の極致を、一日一日を人生の最後の日と思って生きること、としているのに注目せずにいられない。 これは、前にも言ったが、人の生きるところは「今ココニ」しかないということだ。 「今ココニ」を全力…

誰かに起りうることは、誰にでも起りうる。

「そんなことが起ろうとは、わたしはぜんぜん思っていませんでした」とあなたは言うのですか。 起りうるとあなたが知っていること、多くの人に起ったのをあなたが見ていることが、自分にだけは起らないとでも思っていらしたのですか? 芝居の台詞ですが、こ…

奥さん,メメント・モリですYO!

人は、そもそも運命がいついかなる時に襲いかかってきて自分に与えるかもしれぬ禍に対し、つねに心がまえをしているべきであって、決して自分だけは運命の打撃を免れているなどと思うべきではない。 病気、財産喪失、失業、追放、そしてむろん死――それらの運…

幸福な人生を作る原則

何よりもまず――この点でストア派はみな意見が一致しています――わたしは自然に従う。自然から外れず、その法則と模範によって人生を導くのが、知恵だからです。したがって幸福な人生とは、自分自身の本性と合致した生のことですが、そういう生は、まず心が健…

自分を肯定できるということが、幸福には欠かせない条件なのだ。

自分を肯定できるということが、幸福には欠かせない条件なのだ。自分を受け入れ(人はそれぞれ違う能力や肉体や容貌や精神を与えられて生まれてくるが)、自分の醜さや、短い足や、病弱なからだや、そういうものすべてを受け入れ、認め、肯定し、愛するに至…

「快楽」と「徳」の違い

快楽というものは、肉体の快楽であり感覚の快楽である。飲食の快楽であり、音楽・香水・性欲の快楽である。その住むところは娼家、料亭、公衆浴場、競技場、劇場、サウナである。その悪徳は高慢、傲慢、横柄、恫喝、有頂天、等々である。が、快楽の何よりの…

自分の外にあるものに目をくらまされて事を企てるのが、失敗の原因なのだ。

どうして人はそういう心の落着きへ達せられず、落ち着いた心を維持できないのか? それにはいろいろな心の弱さ、性格の弱点、様々な欠点があるけれども、それらは結局のところ自分自身と一つになれぬこと、自分を信じきれぬこと、自分への不満が原因なのだ。…

自分を全肯定することが人間の努力の目標である。

わたしが、この「心の落着きについて」というエッセイで一番力づけられたのは、セネカがここでは何度も、人が安らかで落ち着いた心を持つに一番必要なものとして、自分自身に対する信頼を持つようになれ、自分自身を楽しめるようになれ、とそれを何よりも強…

第一の事を案じ定めて、その他は思ひ捨てて、一事を励むべし。

自分の生涯にしたいことが数あろうと、その中の何を自分は一番したいかよくよく考えて、何が第一か決まったらそれに専念せよ、 他のことすべてが破れてもかまわずその一事にうちこめ、さもないと何一つ実現できないぞ。セネカの言うのもそのことだ。 同じ忠…

求むることの最も少ない者が、困窮することの最も少ない者だ。

求むることの最も少ない者が、困窮することの最も少ない者だ、 足るを知る者は、望むものをすべて得る(p242) 『ローマの哲人 セネカの言葉』 (中野孝次,岩波書店,2003)

自分の正しさを相手に認めさせることが目的ではなく、ここちよく過ごせることが大事

人間が複数集まるとささいなことでもついつい「自分の方が正しい」という精神的なパワーゲームになりがちです。 日々の生活において自分の正しさを相手に認めさせることが目的ではなく、ここちよく過ごせることが大事。 引用先URL: 尊敬するシンプルびとの…

生活のレベルが少し下がっても、心の豊かさがもう一段だけ向上すれば失うものは何もない。

生活のレベルが少し下がっても、 心の豊かさがもう一段だけ向上すれば 失うものは何もない。 余分な富を持つと、 余分な物しか購入しない。 魂が必要としているものを購入するのに、 金銭などは必要ないのである。 ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

何もしていない人間は無価値だとされている世の中で、最大の反逆は「何もしないこと」だ。

何かをしなければいけない、 何もしていない人間は無価値だとされている世の中で、 最大の反逆は「何もしないこと」だと思っている。 世間的に良しとされていることは何もしない状態で、静寂の領域を保ち、 同時に限定的な境界線を超えて膨れ上がりながら、 …

他人の目線や他人の人生を気にしている時、多分、そのひとは止まっている。

他人の目線や他人の人生を気にしている時、多分、そのひとは止まっている。 周囲の人間のチューニングを狂わせる、不協和音を発している。 自分に集中している人間は、自分以外の他人の生き方をああだこうだとは言わない。 自分を正しいとも思わない代わりに…

本当に幸せな人は,幸せだとアピールしない

自分の幸せを必死にアピールしている人間は、 その態度を通じて、自分は幸せではないことを証明している。 正義とか、自由とか、幸福とか、生きる意味とか、自分の意見の正当性を主張し始めた瞬間から、その人自身は「そこ」から遠く離れていく。多分、真の…